疑いもしなかった「自然分娩」
こんにちは、ブラジル人パパです!
妊娠中の夫婦の会話。「名前どうする?」「どっちに似るかな?」そんな話は尽きませんよね。 でも、「どうやって産む?」という議論は、僕たち夫婦の間でほとんどありませんでした。
なぜなら、僕たちにとって「日本では赤ちゃんは自然分娩で生まれてくるもの」というのが、あまりにも当たり前の認識だったからです。
ドラマや映画で見るような、陣痛に耐えて、家族に励まされて、最後に「オギャー!」と産声が上がる感動の瞬間。 僕たちは疑いもなく、自分たちもそのストーリーの主人公になるのだと信じていました。
今日は、そんな僕たちが「自然分娩」に向けて重ねた準備の日々と、その先に待っていた予想外の結末へのプロローグをお話しします。
あれ?ブラジルは「帝王切開大国」だった
実は、僕の故郷ブラジルは、世界でも有数の「帝王切開大国」であることをご存知でしょうか?
ブラジルでは、公立病院では自然分娩が推奨されますが、私立病院では医師のスケジュール管理や、妊婦さんの「痛みを避けたい」という希望から、あえて計画的に帝王切開(Cesárea)を選ぶ人が非常に多いのです。親戚や友人に聞いても、「私は帝王切開だったよ」という人がたくさんいます。
でも、僕たちは日本で出産することを決めました。 日本の産院の「自然な流れを大切にする」雰囲気や、妻自身の「産みの苦しみを経て母になる」という日本的な感覚(もちろん、帝王切開でも立派な母ですが!)もあり、僕自身も「日本では自然分娩がスタンダードなんだな」と自然に受け入れていました。
「帝王切開になるかもしれない」 そんな可能性は、当時の僕の頭の中には1ミリもありませんでした。


パパも一緒に!安産に向けてやった3つのこと
「自然分娩で、安産でありますように」 そう願って、安定期に入ってからはパパとしてできるサポートを全力でやりました。特に力を入れたのがこの3つです。
① 夫婦でウォーキング
妻のお腹が大きくなってきてからは、運動不足解消と体力作りのために、よく二人でウォーキングをしました。
近所の公園や川沿いを、ゆっくりペースで歩く時間。 「あそこのお店、美味しそうだね」「子供が生まれたら一緒に来ようか」 そんな他愛のない会話をしながら歩く夕暮れ時は、今思い出しても幸せな時間です。
それは単なる運動ではなく、親になるための「心の準備運動」だったのだと思います。
② 神様にもお願い!「安産祈願」
そして、日本の素敵な伝統行事、「安産祈願」にも行きました。
戌の日(いぬのひ)に合わせて神社へお参りに行き、ご祈祷をしてもらう。ブラジル人の僕にとっては初めての経験でとても新鮮でしたが、厳かな雰囲気の中で「母子ともに健康でありますように」と手を合わせる時間は、身が引き締まる思いでした。
「神様も味方につけたし、これで準備は完璧だ!」 お守りを大切に持ち帰りながら、僕たちは安産を確信していました。
③ お腹のマッサージと保湿
そしてもう一つは、毎晩のお腹のマッサージです。 妊娠線予防(これ大事!)のクリームを塗るのが、僕の日課でした。
「パパだよー、聞こえるかなー?」 「今日はたくさん歩いたね、元気に出ておいで」
大きくなっていくお腹に触れ、胎動を感じながら話しかける。 まだ見ぬ息子とコミュニケーションを取れるこの時間は、パパとしての自覚を育ててくれる、かけがえのないひとときでした。
準備は万端!「その時」を待っていたけれど…
臨月に入り、入院バッグも玄関に用意し、準備は万端。 ウォーキングで体力もつけた。マッサージで赤ちゃんへの愛情も伝えた。
「さあ、いつでも来い!」 「一緒に陣痛を乗り越えて、感動の対面だ!」
僕たちは、これから始まるであろう「自然分娩」のストーリーを完璧にイメージトレーニングしていました。
しかし、出産は何が起こるか本当に分かりません。 神様が僕たちに用意していたシナリオは、想像していたものとは全く違う、もっとドラマチックで、もっとスリリングなものでした。
まとめ:この準備期間は無駄じゃなかった
結果として、僕たちは自然分娩で息子を迎えることはできませんでした。
でも、今振り返って思うのは、夫婦で一緒に歩き、お腹をケアし、「どんなお産になるかな」と語り合ったあの準備期間は、決して無駄じゃなかったということです。
あの穏やかで幸せな時間が、その後に訪れた怒涛の展開を乗り越えるための、夫婦の絆の土台になっていたのだと思います。
「自然分娩」の予定が、母子の安全を最優先した「予定帝王切開」へ。 陣痛を待つのではなく、決められた日に入院し、手術室へと向かうことになったあの日。
パパが見た当日のリアルなドキュメンタリーは、こちらの記事へ続きます。











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